二準位系と周期的な摂動 #
本内容は、主にB. H. BransdenとC. J. Joachainによる著書 Physics of Atoms and Molecules (2nd Edition) の第2章8項 “Approximation method” に基づきます1。
1. 問題設定 #
時間依存するシュレーディンガー方程式
$$ \begin{align} \label{e1} i\hbar \frac{\partial}{\partial t}|\Psi\rangle = \hat{H}(t)|\Psi\rangle \end{align} $$
を考えます。ここで、$\hat{H}$は非摂動ハミルトニアン$\hat{H}_0$と摂動ハミルトニアン$\hat{H}’(t)$を用いて次のように展開されているとします。
$$ \begin{align} \label{e2} \hat{H}(t) = \hat{H}_0 + \hat{H}’(t) \end{align} $$
ここで、$\hat{H}_0$は二準位系、つまり固有状態が二つしか存在しない系を考えます。 また、$\hat{H}_0$に対応するシュレーディンガー方程式は既に解けているとして、その固有エネルギー・固有状態は下記の式を満たします。
$$ \begin{align} \hat{H}_0|b\rangle &= E_b |b\rangle \label{e3a}\\ \hat{H}_0|a\rangle &= E_a |a\rangle \label{e3b} \end{align} $$
ここで、2つの固有エネルギー$E_a, E_b$は$E_b > E_a$を満たすように決めます。
今、時間に周期的な摂動を式\eqref{e4}のように定義します。
$$ \begin{align} \label{e4} \hat{H}’(t) = \hat{A} e^{i\omega t} + \hat{A}^{\dagger} e^{-i\omega t} \end{align} $$
ここで、$\hat{A}$は時間依存しない演算子で、$\hat{A}^{\dagger}$はそのエルミート共役を意味します。 式\eqref{e4}のように$\hat{H}’$を構成すると、$\hat{H}’$はエルミート演算子になるので下記のようになります。
$$ \begin{align} \label{e5} \hat{H}’(t) = {\hat{H}}^{’\dagger}(t) \end{align} $$
2. 解法 #
2.1. 固有状態の線形結合 #
今、二準位系に対する摂動\eqref{e5}を考えているので、波動関数は$\hat{H}_0$の2つの固有状態の線形結合で記述できるため、
$$ \begin{align} \label{e6} |\Psi(t)\rangle = c_a(t)|a\rangle e^{-iE_a t/\hbar} + c_b(t)|b\rangle e^{-iE_b t/\hbar} \end{align} $$
と展開します。式\eqref{e1}に式\eqref{e2}, \eqref{e6}代入すると未知の係数$c_a, c_b$について
$$ \begin{eqnarray} \left\{ \begin{aligned} i\hbar\dot{c}_a(t)&=\left[A_{aa} e^{i\omega t}+ A_{aa}^{\dagger} e^{-i\omega t}\right]c_a(t) + \left[A_{ab} e^{i\Delta \omega t} + A_{ab}^{\dagger} e^{-i(\omega+\omega_{ba}) t}\right]c_b(t) \\ i\hbar\dot{c}_b(t)&=\left[A_{ba} e^{i(\omega+\omega_{ba}) t} + A_{ba}^{\dagger} e^{-i\Delta \omega t}\right]c_a(t) + \left[A_{bb} e^{i\omega t} + A_{bb}^{\dagger} e^{-i\omega t}\right]c_b(t) \end{aligned} \right. \label{e7} \end{eqnarray} $$
を得ます。ここで、
$$ \begin{gather} \omega_{ba}=(E_b-E_a)/\hbar,~~\Delta \omega=\omega-\omega_{ba}, \label{e8a}\\ A_{ba}=\langle b|\hat{A}|a\rangle,~~A^{\dagger}_{ba}=A_{ab}^{*} \label{e8b} \end{gather} $$
と置きました。微分方程式\eqref{e7}を解くにあたっては、初期条件
$$ \begin{align} \label{e9} c_a(t\leq 0)=1,~~c_b(t\leq 0)=0 \end{align} $$
として、$t=0$以前には状態$|a\rangle$にだけ存在するとします。
2.2. 回転波近似 #
面白い現象が起こるのは、周期的な摂動の角周波数が、二準位間のエネルギー差に相当する角周波数に近い場合と考えて式\eqref{e7}を解いていきます。 つまり、$\Delta \omega \ll \omega$を考えます。
今、係数$c_a, c_b$の変化は式\eqref{e7}の右辺によって記述されています。微分方程式を解く場合、式\eqref{e7}の右辺を時間について積分するわけですが、 長い時間スケールで見ると高速に振動する項の積分はほとんどゼロになり、結果には影響しません。そのため、高速に振動する項を無視する近似(回転波近似)を行います。
つまり、$e^{i\Delta \omega t}$は$e^{\pm i(\omega+\omega_{ba})t}, e^{\pm i\omega t}, e^{\pm i\omega_{ba} t}$よりもゆっくり振動するのでこの項だけを残します。 すると
$$ \begin{eqnarray} \left\{ \begin{aligned} i\hbar\dot{c}_a(t)&\approx A_{ab} e^{i\Delta \omega t} c_b(t) \\ i\hbar\dot{c}_b(t)&\approx A_{ba}^{\dagger} e^{-i\Delta \omega t} c_a(t) \end{aligned} \right.\label{e10} \end{eqnarray} $$
となります。式\eqref{e10}は厳密に解くことが出来て、
$$ \begin{eqnarray} \left\{ \begin{aligned} c_a(t) &= e^{i\Delta \omega t/2} \left[\cos\left(\frac{\omega_R}{2}t\right) - i \left(\frac{\Delta \omega}{\omega_R}\right)\sin\left(\frac{\omega_R}{2}t\right)\right] \\ c_b(t) &= \frac{2A_{ba}^{\dagger}}{i\hbar \omega_R} e^{-i\Delta \omega t/2} \sin\left(\frac{\omega_R}{2}t\right) \end{aligned} \right. \label{e11} \end{eqnarray} $$
となります。ここで
$$ \begin{align}\label{e12} \omega_R=\left[{\Delta \omega}^2 + \frac{4|A_{ba}^{\dagger}|^2}{\hbar^2}\right]^{1/2} \end{align} $$
は Rabi flopping frequency (日本語ではラビ振動周波数又はラビ振動角周波数)と呼ばれます。
状態$|a\rangle$, $|b\rangle$の存在確率密度は
$$ \begin{eqnarray} \left\{ \begin{aligned} |c_a(t)|^2 &= \cos^2\left(\frac{\omega_R}{2}t\right) + \left(\frac{\Delta \omega}{\omega_R}\right)^2\sin^2\left(\frac{\omega_R}{2}t\right) \\ P_{ba}(t)\equiv |c_b(t)|^2 &= \frac{4|A_{ba}^{\dagger}|^2}{\hbar^2 \omega_R^2} \sin^2\left(\frac{\omega_R}{2}t\right) \end{aligned} \right.\label{e13} \end{eqnarray} $$
と書けます。式\eqref{e13}は回転波近似の下で厳密な解です。
式\eqref{e13}を見ると、存在確率密度が単振動していますが、その振動周期$T$は
$$ \begin{align} \label{e14} T=\frac{2\pi}{\omega_R} \end{align} $$
です。
一方、同じ問題を時間依存一次摂動論で導いた結果と比較します。導出過程は省きますが下記の結果を得ます。
$$ \begin{align} \label{e15} P_{ba}^{(1)}(t) = \frac{4|A_{ba}^{\dagger}|^2}{\hbar^2 {\Delta\omega}^2} \sin^2\left(\frac{\Delta\omega}{2}t\right) \end{align} $$
回転波近似\eqref{e13}の結果と摂動論の結果\eqref{e15}を比較すると、下記の2点が分かります。
- $\Delta \omega \ne 0$かつ$|A_{ba}^{\dagger}|^2$が十分に弱いならば、両者は一致する
- $\Delta = 0$の時、摂動論\eqref{e15}は$P_{ba}^{(1)}\propto t^2$となるので、摂動論\eqref{e15}はほんの少しの時間しか使用できない
参考文献 #
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B. H. Bransden and C. J. Joachain, Physics of Atoms and Molecules (2nd Edition), Addison-Wesley(2003).
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