導出した答えが妥当なものか確かめる方法

自分で導出した式があったとして、それは正しいのでしょうか?
どうやって合っているのだ、と自信を持てばよいのでしょう。
物理の理論研究を行う上で重要な能力となります。

教育の範疇では、教科書なり参考書なりを見て答えを見つければ良いのですが、研究では、貴方が導出した式は世界中探しても何処にもない式なのです。答えの無い解が合っていることを確認する。これほど研究で必要になる能力は無いと思います。この問いに対する答えは、

その式は当たり前を記述しているのか

を確かめることです。
 物理学を行う上では、実験や数値実験などから、ある程度どういう振る舞いをする答えなのか分かっていることがほとんどです。理論を組み立てて、導いた結果から初めて分かることはあまりないのです。
 しかし論文や発表、教科書等においては発表する際には、分かっていない現象を定式化して実験orシミュレーションと一致しました!凄いでしょ!という順序で結果を見せるので誤解するかもしれません。この構成の方が見栄えがしますし、発表が物語みたいに立てられるので人を引き込めるのです。
 実際の理論研究では結果が分かっていて、どうやって基本方程式からその結果を導出するか?その間を埋める作業が研究となっていることが多いのです。それっぽいのが導出できたら、式が妥当なものなのかを精査していくわけです。この過程で、本来なるべき式の振る舞いからずれていて、計算過程に間違いが無いのだとしたら、それが新しい発見に繋がったりするわけです。また、答えがどういう状況で現れるのか分かっているので、適切な近似が想いつくのです(本当の天才は違うでしょうが…)。

なので、物理の理論研究では、分からない答えをどうやって評価するのかが重要になるわけです。この指標を本稿で取り上げたいと思います。
数学の厳密性はさほど考えないので、数学者からは怒られてしまうかもしれませんけれど…

  1. 極端な場合を考える
  2. 特別な点を考える
  3. 特異点を評価する
  4. 次元を確認する
  5. 漸近形を考える
  6. 当たり前の振る舞いをする関数系を持っているか確かめる
  7. 保存則を満たしているか
  8. 複数の関数の和で書けている場合、それぞれの項に意味を見出せるか
  9. 数値計算を行う
  10. 近くの人に、自分の導出に沿って解いてもらう

極端な場合を考える


もしも答えAを導いた場合、極端な場合を考えましょう。
極端な場合、物理的な描像が思い浮かびやすく答えが想像できることが多いです。
そしてその振る舞いが、Aを導いた際に使用した仮定に反しない範囲で説明できるか、ということを確認しましょう。
極端な場合とは、あるパラメータを0または無限大にした時などです。

古典的な単振り子の減衰振動なんかよい例かもしれません。
減衰振動を頑張って解いた結果、振動の抑制を表す正のパラメータ\(\gamma\)(例えば粘性率のようなパラメータ)を使って
\begin{equation}
f(t)=Ce^{-\gamma t}\cos(\omega t),~~\omega =(\text{const})
\end{equation}
と完全に書ける、と導いたとしましょう(上式は間違っていますが、減衰振動の解析解を知らないとして間違っていることを確認する作業を行います)。

まずは初期条件です。時刻\(t=0\)である位置\(f(t=0)\)から手を放す時を考えると、それが表現できている出来るでしょうか?
これは、解に対して\(f(t=0)\)が自由度を含んで\((-\infty, \infty)\)の範囲にいることができるのかという問いです(問題によっては\(\infty\)の位置にいることなど出来ないかもしれません。その場合は適切な範囲で考えなければなりません)。
\(t=0\)を代入すれば、
\begin{equation}
f(t=0)=C
\end{equation}
となって表現できるわけです。まずは問題ないですね。初速度は
\begin{equation}
f'(t=0)=0
\end{equation}
となります。ということは、この解は初速度ゼロを仮定した場合の解ということになります。初速度がある場合、この解は正しくないということが分かります。

反対に、解が
\begin{equation}
f(t)=Ce^{-\gamma t}\sin(\omega t)
\end{equation}
と書かれていた場合は\(t=0\)で\(f(t=0)=0\)になるわけですから、原点にいなければなりません。その代わり、速度に任意のパラメータを含むようになるわけです。

ここで、解を初速度ゼロで放すという過程を入れて導いたのであればあっている解ですが、そうでなければこの時点で間違いであることが分かります。

続いて\(\gamma\)を考えます。\(\gamma = 0\)であれば減衰などない訳ですから、単なる単振動の振る舞いをすることが容易に判明します。
これを導いた式に代入すると、
\begin{equation}
\lim_{\gamma\to 0}f(t)= C \cos(\omega t)
\end{equation}
となるので、想定に見合った振る舞いをしていることが分かります。

反対に\(\gamma \to \infty\)の時、すなわち非常に粘性の高い中にいる場合を考えますとこの場合も容易に想像が出来て、振動はしないで無限の時間を掛けてゆっくりと平衡位置に向かうだろう、ということが想像できるでしょう。
この振る舞いを式が記述しているかを確かめます。
\(\gamma \to \infty\)を代入しますと、
\begin{eqnarray}
\lim_{\gamma \to \infty} f(t)&=& Ce^{-\gamma t}\cos(\omega t)
&\to & 0
\end{eqnarray}
となることが分かります。粘性の高い物質の中にいるのですから振動はせず、\(f(t)=0\)に行く、という事を言っていますが、そこに至るまでに位置\(y=C\)から無限小の時間で\(y=0\)に向かうと言っているのです。速度がめちゃくちゃ早くなることはおかしい振る舞いです。これは想定には合わず、どこかで間違いがあることに気が付けます。

別の例として光がスリットを通過する問題を挙げましょう。
\((x,y)\)の2次元平面を考えて、\(x\to -\infty\)から平面波がやってくる場合を考えます。ここで、\(x=0\)に幅\(a\)のスリットを平面波が通る問題があるとします。この時、\(a\)の関数として\(x\gt 0\)の領域が書きあらわされて導出できたとしましょう。
すると、もし\(a\to \infty\)であれば、スリットは無いと同じなので、関数の格好は平面波として書けていなければなりません。また、トンネル効果やエバネッセント波による染み出しを定式化していない基本方程式から出発したのであれば、\(a\to 0\)の振る舞いは波が全く存在しない、すなわち0になっていなければなりません。
トンネルを記述していたならば、全領域を積分した結果が確率密度に等しいのか?を調べます。エバネッセント波であるならば\(x\to \infty\)の無限遠方でゼロになる振る舞いをするか?を調べるべきです。

更に別の例であれば、気体や物性物理学で用いられる考えでしょう。
例えば有限温度の問題を考えているのであれば、絶対零度の場合には良く知られた解に落ち着くはずです。もし明らかにゼロにできないような近似をしているのならば、\(T\to 0\)もしくは\(k_B T\to 0\)で導出した答えを級数展開しましょう。\(exp(aT)\to 1+aT+O(T^2)\)のように、です。もしも出来ないのであればなにかしら間違えた式変形をしている可能性があります。もちろん、特別な有限温度を中心に展開するような近似をしているのであれば、絶対零度を考えるのは意味がありません。別のパラメータがゼロにすることが出来るのか考えましょう。

特別な点を考える


特別なパラメータが何かしら定義されている時、例えばそのパラメータがエネルギー保存などから導かれているのであれば、それを代入することで妥当性を評価できます。また、初期条件を与えた時、無理のない値となるかで判断することが出来ます。
例えば光学の世界では焦点が分かっている時、その近傍では何か特徴的な振る舞いが起こるはずです。光の強度が発散するとか、光の強度が極大値を持つのでgradがゼロになるとか、そんな地点です。そういった特別な点で確かめるのです。

また、電磁気学や量子力学では点電荷や、デルタ関数型のポテンシャル等の超関数を考えたりします。
これは、もし積分の格好で答えの関数が表現されていたとき、デルタ関数であれば積分が(ほとんどの場合簡単に)計算できてしまうので便利なのです。現実にはあり得なくてもデルタ関数はダメ!という仮定を入れずに定式化してきたのであれば、代入してみるべきです。デルタ関数が扱えない場合は、極微小な幅を持った離散的な点電荷、デルタ関数でもいいでしょう。積分はその(中心の値)×(幅)として大雑把に計算を進めて行けばいいのです。この時は積分の値が適当な値に規格化しておいて考える必要があります。

振り子が良い例かもしれませんね。角度が大きい振り子を真面目に解いて、結果を得たとします。
最下点から初速度を持たせて計算するとき、ポテンシャルエネルギーと同じ運動エネルギーで射出するならば、頂上で止まるはずです。
この時の初速度はエネルギー保存則から
(初期運動エネルギー)=(頂上にある時のポテンシャルエネルギー)
で導出できるはずで、そうなっているのかを確かめるのです。
結果は頂上で永久に止まる解になるはずで、それが定式化されているかを確かめるのです。こういった特別な積分は完全楕円積分など、名前がついていて有名な積分として解ける場合が非常に多いです。

特異点を評価する


例えば、運動方程式を解いた結果、答えが
\begin{eqnarray}
f(t)&=& \frac{g(t)}{t-a}
\end{eqnarray}
みたいな形だったとしましょう。
この場合、\(g(t)\)が分母とキャンセルしない限り、時刻\(t=a\)で\(f(t)\to \infty\)になります。考えている近似の範囲内で起こる現象で\(f(t)=\infty\), もしくは限りなく大きくなる振る舞いがあり得るのか?を調べます。そんなことが起こらないのであれば導出が間違えている、もしくは\(t=a\)近傍の時刻では用いた近似の適応範囲を超えており、使えないことを示しています。

また、複数の関数の積や和で書けている時、とこかの関数がたまたま1やゼロになるような点を見つけてその値を代入してみる、ということも有用です。そういった点は系を特徴づける値になっていることが多く、特徴的な時刻や位置、状況になっていることが多いです。

次元を確認する


これもかなり有効な手段であり、計算ミスが有ったかどうかを判別する手助けになります。
例えば指数関数が出てきた場合、指数の肩は必ず無次元でなければなりません。そのような形式になっているかを確認します。

無次元化して解いている場合は少し判別が難しくなりますが、同じ量の比なはずなのに、分子はxの2次式、分母は1次式みたいな状況になっていると何故2次係数が無くなっている/現れているのかを確認すると良いでしょう。

漸近形を考える


ある微分方程式を解いて求めた答えがあったとします。
その時、微分方程式の時点で漸近形を考えるという近似を入れると簡単に解けてしまう場合があります。
例えば原点近傍で展開してあるパラメータのオーダーで評価するとか、漸近ではある項が落ちてしまうので簡単に解ける、とかです。

当たり前の振る舞いをする関数系を持っているか


例えば振動する現象を表したいのに、導出した結果が\(\exp(i\omega t), \sin(\omega t), \cos(\omega t)\)等を持っていないのであれば、間違えている可能性が高いです。
しかし、指数関数や三角関数は\(\omega\)が虚数をとり得るのであれば、振る舞いが変わるため、十分な精査が必要です。

保存則を満たしているか


確認するために、系の保存則が満たされているのか調べることも良い方法です。
中心力しか存在しない系を計算しているならば角運動量を、外界とのエネルギーのやり取りが無いのであればエネルギー保存則を満たしているのかを調べる等です。もし、2つの粒子を考えているならば、2つの系が持っているエネルギーの和が変わらないや、与えたエネルギー分上昇しているのかなどです。

数値的に確かめることも可能なので、ある程度の指標として用いることが出来ます。
この手助けとしては系の対称性と保存量の関係であるネーターの定理が大きな手助けとなります。

複数の関数の和で書けている時、それぞれの項の持つ意味に妥当性を見出せるか


とくに物理学の場合に役立ちます。もっとも幅広く使われる例は線形結合でしょう。
解の線形結合として、導出した解が書けているのであれば、それぞれの項だけが存在する場合ももちろん解です。
量子力学で変分原理を用いているのであれば、各々の項は固有状態となっているはずです。もしも固有状態を利用して展開しているにもかかわらず、固有状態ではない項が出てくるのであればそれは間違いです。

また、電気回路の過渡現象でも現れるでしょう。パルスの立ち上がりと共にゆっくり消えてしまう項と振動する項が現れるなど、それぞれの項の持つ意味があっても不思議ではないか考えることが出来ます。

数値計算を行う


式とにらめっこしてもどうしても近似が見付かりそうもなくて、数値計算が得意ならば、ぜひ数値計算を行うと良いでしょう。
典型的なパラメータを代入して計算するのです。少なくとも何かの傾向は見えるはずです。
それをみて妥当なのか判断するのも良いでしょう。

近くの人に、自分の導出に沿って解いてもらう


近くにある程度同じことをやっている人がいるならば非常に幸運です。もしそのが信頼できる人で、関係が悪くなければ、焼肉や寿司を奢るから導出仮定を辿ってみて!と言ってみましょう。
アイデアをあげたくなければ、ある程度式をぼかすか不安な一部分だけでも良いでしょう。
貴方の労力がゼロで、ある程度指摘がもらえることが多いです。確認する方法がもらえるかもしれません。
勿論、その人の言うことを全て信用してはいけません。

「導出した」と「式を追う」では、天と地ほどの理解度の差があります。数か月かけて導いた結果を当たり前と言われるかもしれませんが、こらえましょう。
心の中で、(でもあなたはそんな当たり前なことに今まで気が付けなかったんですね)とでもほくそ笑むだけにしましょう。逆もしかりですから。